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1937年
秋冬コレクション

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"Don't kill, don't be killed"
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2009-01-10 (占領29日目)

[ラーベの日記][国際委員会][所行無情] こっそりの頼みごと


南京の安全区は相変わらず不安のなかにあるが、取り巻く状況に少しづつ変化があらわれている。
  • 日本軍は安全区国際委員会を無力化しようとしているが、ドイツ、アメリカ、イギリスの外交官の復帰で逆に、安全区国際委員会の難民保護のための存在感も高まってきている。
  • 日本軍は安全区の難民に安全区外の自宅に戻れというが、果たしてそこは安全なのか? なかなか自宅に帰らない住民の姿が、南京の治安状況を反映している。
  • 日本軍内部でも変化が起こりつつある。日本大使館を通じて、南京の日本軍の残虐非行は東京にも伝わり、大本営・参謀本部からその対策がとられるようになった。南京占領の中心であった第16師団は交替させられ、松井石根大将率いる中支那方面軍自体も、改編と司令部交替が計らようとしている。
そうした動きの中での1月10日のラーベの日記。
  1. ローゼンが妻や子供達からの手紙と贈り物を持ってきてくれた。
  2. 日本軍はなんと、我々に米や小麦粉を売ろうとしない。
九時
クレーガーが、石田少佐から返事をもらって帰ってきた。日本軍はなんと、我々に米や小麦粉を売ろうとしない。はっきり約束したくせに。自治委員会だけに売ろうというのだ。我々のほうでは、言われたとおり今朝早々と米の販売を中止してしまった。難民たちはひどくがっかりした。自治委員会がまだ専用の販売所を開いていないからだ。これは大変なことになる!
  1. 日本側のこっそり頼みごと
ローゼンが本部に訪ねてきた。日本軍は、私にだけでなくローゼンにも、報告書に少し手加減してもらいたいといってきたという。ローゼンはいった。「だから、『あなた方に水と電気をとめられたと報告しておきましょう』といってやりましたよ」
  1. 自治委員会は、我々の本部の近くに販売所をつくった
  2. アメリカ大使館でリソン氏にあう。日本大使館に毎日提出してきた日本兵の犯罪に関する報告書を代って作ってくれることになった。
  3. クトゥー号の船内でのドイツ人同士の決闘まがいの諍いを聞いて・・・
まったくなにをかいわんやだ。われわれはここで、命がけで他人の命を救おうとしているというのに、同じドイツ人が自分の命をもてあそんでいるとは。

[ラーベの日記][所行無情] ローゼンのドイツ外務省への報告

英語版のラーベの日記にはローゼンの報告が添付されている。こうした報告によって日本兵による犯罪が防止されるとラーベは期待している。

以下、拙訳にて失礼します。

Report from the Nanking Office of the German Embassy (Rosen) to the Foreign Ministry

15 January 1938

On 9 January after an interruption of one month, the Nanking office was reopened upon our arrival here after a two-day journey without incident aboard the British gunboat Cricket.

1月9日、英砲艦クリケット号の2日間の無事航海によって、1ヶ月の中断のあとの南京オフィスの再開が実現しました。

According to reports of my German and American informants, when it became known that foreigner representatives were intent on returning to Nanking, feverish operations were began to remove the corpses lying about the streets-in some places "like herrings"-of civilians, including women and children, slain in a campaign of pointless mass murder.

ドイツ人アメリカ人の報告に依れば、外交官たちの帰任が知られるようになってからは、まるで鰊のように街頭に横たわっていた市民の死体が慌しく運ばれ始めたという。女性や子供を含む無差別の作戦によって殺戮されたものだ。

In a reign of terror lasting several weeks, including massive looting, the Japanese have turned the business section of the city, that is the area along Taiping Street and the entire section south of so-called Potsdamer Platz, into a heap of rubble, in the midst of which a few buildings whose exteriors appear somewhat less damaged are still standing. This arson, organized by the Japanese military, is still going on to this day-a good month after the Japanese occupied the city-as is the abduction and rape of women and girls. In this respect, the Japanese army has erected a monument to its own shameful conduct.

数週間の恐怖の支配の中で、大規模な略奪をともない、日本軍はビジネス街を襲った。被害は太平街に沿ってポツダム広場の南側全体に及んだ。瓦礫の中で外観が損なわれていない建物だけが立っている。日本軍が計画して行なう放火も、占領がほぼ1ヶ月経ったいまもなお続いている、女性や少女に対する拉致や強姦も同様だ。この点において日本軍は恥ずべき非行によって悪名を上げた。

Just within the so-called Safety Zone, which thanks to the Rabe committee has essentially been saved from destruction, there have been hundreds of cases of bestial rape, all incontrovertibly documented by Germans, Americans, and their Chinese coworkers. The file of letters that the committee has sent to the Japanese authorities contains a plethora of truly shocking material. As soon as time allows, I shall forward copies, with reference to this report. I would, however, like to note at this point that foreign nationals, and above all Herr Rabe and Herr Kröger, both functionaries of the NSDAP, as well as Herr Sperling, have caught Japanese soldiers in flagranti at such violations and have risked their own lives in scaring them away from their victims.

ラーベの委員会によって破壊から基本的に守られた安全区と呼ばれる地区でも、何百という強姦事件がおきた。これらは、ドイツ人、アメリカ人、中国人スタップによって記録されている。日本当局に送られた手紙には山のようにショッキングな出来事が書かれた。私はできるかぎり早くコピーをつくり、よく調べてみるつもりだ。しかし、どうしても特筆しなくてはならないことがある。それは、ナチ党員であるラーベ、クレーガー、そしてシュペアリングが、外国人でありながら、自らの犠牲を省みず危険を覚悟で暴力非行の日本兵をとっ捕まえてきたということである。

In many cases, members of Chinese families who attempted to resist these fiends were themselves killed or wounded. Even within the offices of the German embassy the employee Chao was ordered at gunpoint to hand over any women present on the property. Having previously lived in Dairen, Chao can speak a little Japanese and was able to explain to the Japanese that this was the German embassy and there were no women present. The threats continued even after Chao had explained to them that this was the German embassy.

多くの場合、家族のために狂人達に抵抗を試みた中国人は殺されたり怪我を負わされた。ドイツ大使館オフィスの中の於てさえ雇員の張が銃をつきつけられ、女性を貢物として差し出せと要求された。張は前に大連にいたから日本語が少し話せたので、ここはドイツ大使館で女性の贈り物はないと説明できた。しかし脅迫は、ここがドイツ大使館だと説明したあとも続いた。

At the American Mission Hospital women are constantly being admitted, the most recent case occurring only yesterday, who have suffered grave bodily harm from rape committed by packs of men, with the subsequent infliction of bayonet and other wounds. One woman had her throat slit half-open, a wound so severe that Dr. Wilson himself is amazed that she is still alive. A pregnant woman was bayoneted in the belly, killing the unborn child. Many abused girls still in their chldhood have likewise been admitted to the hospital, one of whom was violated 20 times in succession.

アメリカ系慈善病院には女性たちが収容されているが、ごく最近、昨日おこったことだが、一団の男たちにレイプされた女性たちが、銃剣によって深刻な怪我を負った。そのうちの一人は、喉が半分切り裂かれている。ウイルソン医師は。彼女が生きているのが不思議だと驚いていた。妊娠していた女性は腹部を銃剣で刺され、胎児は死んだ。まだ子供に過ぎない娘たちが暴行を受け入院しているが、その一人は20回も連続して銃剣でさされた。

On 12 January, my English colleague, Consul Prideaux-Brune, the English military attache Lovat-Fraser, and the English air-force attache Commander Walser visited the house of Mr. Parsons of the British-American Tobacco Company and discovered there the body of a Chinese woman into whose vagina an entire golf club had been forced. There are documented cases in which accomplices have forced the husbands and fathers of victims to witness the violation of their domestic honor. In several instances, officers are known to be accessories, as was the case when Reverend Magee attempted to protect a group of Chinese Christians in the house of an absent German military advisor.

1月12日、英国人の仲間である、プリドウ・ブリュン領事、ラボ・フレーザー陸軍武官、空軍武官ワルサー中佐が、英米タバコ会社のパルソン氏を尋ねたところ、ゴルフクラブで膣を貫かれた中国婦人の死体を見つけたという。レイプの共犯者が、被害者の夫や父親に、凌辱の現場を目撃させるということさえ記録されている。いくつかの事例では、将校すら共犯であった。レバレンド・マギー牧師がドイツ人軍事顧問の家で中国人信者を守ったときが、まさにそのケースだった。

There is no evidence that any action has been taken-or if so, of what sort-by higher authorities against individual perpetrators, since the Japanese are silent about these matters and refuse to understand that a ruthless cauterizing of these offenses would accomplish more than all attempts to cover them up.

軍上層部がそれら加害兵士に対して、とるべき対処をとる兆候は全く見られない。沈黙を続け、加害によって巻き起こす悲惨を放置することが、それをカバーするいかなる努力よりも勝る、ということを理解しようともしない。

It is considered a self-evident matter of honor for the Japanese army to murder without further ado (indeed, there are thousands of such cases) every enemy soldier no longer actively engaged in combat, as well as any man judged to be such by some noncommissioned officer, whose decision cannot be appealed.

もはや戦闘に拘わっていない敵兵や、抗議を受け付けつけない下士官の判断で兵士と見なされた人びとを、日本軍が何の骨折りもなく殺したことは、その名誉とはどんなものかを自ら露呈している。

Given such a collapse of military discipline and order, it should therefore come as no surprise that no respect is shown the German flag. Thus various German buildings have been deliberately torched, others looted terribly, and almost all of them subjected to more or less minor theft. Given the cult status that the Japanese accord pictures of their emperor, it is perhaps especially remarkable that the looters did not shy from taking pictures of the Führer and Field Marshal General von Hindenburg.

軍の規律も秩序も崩壊したのだから、ドイツ国旗への尊重を示さないからといって驚くには当らない。様々なドイツ人の建物が故意に放火され、他は乱暴に略奪され、殆どすべての家がすくなからぬ盗難にあっている。天皇の写真を奉げることを誇りにしているくせに、特筆すべきは、総統やヒンデンブルグ将軍の写真を持ち去って全く恥じないことである。

I have left no doubt in the minds of the Japanese that we demand full restitution for all such losses, since there was no military necessity whatever for them and indeed some of them are the deliberate result of Japanese actions taken well after the occupation of the city, and likewise that I regard the term "consolation money" (solatium) favored by the Japanese as perhaps one that may sound better to them, but is in no way acceptable as an expression of partial payment.

我々が全ての損失に対して完全賠償を求めることに私は何の疑問も残さない。なぜなら、日本軍の軍事的必要性もなく、占領以来故意になした行動の結果でもあるからだ。日本人にとって多分響きのいい大好きな言葉、「慰謝料」のようなものだ。それが値切りの意味なら絶対に受け入れられないが。

ROSEN ローゼン

[ヴォートリンの日記][戦況と民衆][所行無情] じつにすばらしい一日だった

一月一〇日 月曜日
 じつにすばらしい一日だった。とりわけ、一日も終わるころがすばらしかった。
ヴォートリンの日記の内容
  1. ル−スから一月五日付けで分厚い手紙が届いている
  2. 上海支部がより強力になってきているのがわかり
  3. 金陵女子学院の今後について議論した
 わたしたちは呉博士とルースの手紙を読んだあと、金陵女子学院の今後の計画についてどんなに議論したことか。現時点ではキャンパスに中学校を開設する案はまったく問題外だが、無残にも夫を殺害された女性たちのための職業訓練学校の開設は大いに必要であり、また、現実味があるように思われる。

 けさ、明徳における小学校の開設を促進することについて程先生と話し合った。しかし、それは可能性すらないかもしれないが、様子を見ることにしよう。
  1. 新しい警備兵と顔見知りになり
  2. 程先生がケーキを持ってやってきた
  3. 程先生がフローレンスの手紙をよみあげた
  4. 蝋燭の明かりで分け前のケーキを残さず食べてしまった
 メリーとわたしは、蝋燭の明かりで分け前のケーキをたっぷりいただいた。あとの楽しみにとっておこうかとも思ったけれど、今夜は明るい気分になっているので、残さず食べてしまった。
  1. 城内にはアメリカ人、イギリス人、ドイツ人がそれぞれ三人、計九人の外国の外交官がいる
 上海に運んでもらうため、午後四時前、たくさんの手紙をアメリカ大使館に持って行った。考えてもごらんなさい。現在、城内にはアメリカ人、イギリス人、ドイツ人がそれぞれ三人、計九人の外国の外交官がいる。生活はほとんど正常に戻ったようだ。
  1. ところが
 もっとも、午後、遠方に見えた煙は、掠奪が続いていることを示す無言の証拠であろうし、キャンパスからほど遠くないところでけさ少女が二人強姦された。
  1. 好感がもてる日本兵
 午後、兵士四人が様子を窺いにやってきたが、みな好感のもてる人たちだった。隊長はわたしと切手を交換したり、妻と赤ちゃんの写真を誇らしげに見せてくれたりした。敵兵をすべて友だちに変え、彼らがいまのありのままの自分の姿を見ることができるように一役買えたら、と思う。
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