八重桜(松月)z001さん撮影、クリックすると拡大します。

1937年
秋冬コレクション

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"Don't kill, don't be killed"
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2007-01-07 (占領26日目)

[ラーベの日記][国際委員会][所行無情] すべて自治委員会が担当すべし?

  1月7日のラーベの日記
  1. 東京からの厳命
  2. 死体埋葬について福田氏に釘を刺す
  3. 女たちが悲鳴をあげながら
  4. リッグスの視察報告「中華門近くでの虐殺」
1、東京からの厳命
一月七日
福田氏に国際委員会の趣意書を渡す。氏の話だと、なにがなんでも南京の秩序を即刻回復せよ、と東京から厳命があったとのこと。また、行政的な職務(この私、ラーべの「市長職」も?)も我々「よそ者」ではなく、すべて自治委員会が担当すべし、といってきたという。
そういわれてしまっては、手も足もでない。願わくは自治委員会にそれだけの能力があらんことを。
占領軍の方針には逆らえない!

2、死体埋葬について福田氏に釘を刺す
(中略)「市内にはいまだに何千もの死体が埋葬もされずに野ざらしになっています。なかにはすでに犬に食われているものもあります。でもここでは道ばたで犬の肉が売られているんですよ。この二十八日間というものずっと、遺体を埋葬させてほしいと頼んできましたがだめでした」。福田氏は紅卍字会に埋葬許可を出すよう、もう一度かけあってみると約束してくれた。
死体の野ざらしほど、治安状態の悪化を物語るものはない。なのに日本軍は不感症になっている。南京を「戦場」のままにしておきたいのだろうか?

3、女たちが悲鳴をあげながら
きょう午前十時ごろ、私の留守中のことだった。日本兵が一人、使用人の部屋に押し入り、女たちが悲鳴をあげながら私の住居へ逃げこんできた。屋根裏部屋まで追っていったところで、この日本兵は、たまたま私を訪ねてきた通訳の日本人将校に取り押さえられ、放り出された。(中略)
日本人将校による厳罰とは、いつもせいぜい放り出すかビンタである。どうせやるなら、見つからないようにやれ、という意味か。

4、リッグスの視察報告「中華門近くでの虐殺」
リッグズが今日の視察の報告書をもってきた。うつろな目をした女性がひとり、通りをふらふらさまよっていたという。この人は病院に運ばれ、身の上を話した。十八人家族だったが、生き残ったのはこの人ひとりだという。残りの十七人は射殺されるか、銃剣で突き刺されるかして死んだ。家は中華門の近くだそうだ。わが家の収容所にやはり近くに住んでいた女性がいる。弟が一緒だが、こちらは両親と三人の子どもをなくした。全員日本兵に射殺されてしまったのだ。せめて父親だけでも埋葬したいと、なけなしの金で棺桶を買ったところ、これを聞きつけた日本兵たちが蓋をこじ開け、亡骸を放り出したという。中国人なんかその辺に転がしておけばいいんだ、というのが、かれらの言い分だった。
「安全区以外には住民はいなかったのだから、虐殺はなかった」というのは、東中野修道さんらが60年以上立ってから拵えた荒唐無稽な屁理屈。「夏淑琴さん事件」も城内南部で起きた事件。安全区でない城内に残っていた人間はすべて「敗残兵」として殺戮してよかったのか? 

[ヴォートリンの日記][所行無情] 国際委員会の男性たちは素晴らしい働きをしている

  1月7日のヴォートリンの日記
  1. 今日も登録は早く終った。
  2. 西方一七華里からの女性の一団
  3. 郵便業務に関係している将校の一団がきた
  4. 日なたで暖
  5. 大使館に到着した三人に頼まれて、報告書を作成
  6. 上海への手紙をもっていく
  7. 中国赤十字会による米飯給食
  8. 漢口についてのラジオニュースのメモ
  9. ロッシング・パック邸へ
  10. 漢口が心配な男たち
1、今日も登録は早く終った
一月七日金曜日
 きょうの登録は三時に終了した。ここ二日間の登録方法は最も満足のいくものだった。作業はすべて中国人がおこなったので、緊張感や恐怖感が取り除かれた。(後略)
2、女性の一団
 正午に小人数の女性の一団が慌ただしく入ってきた。南京の西方一七華里〔八・五キロメートル〕のところからきたという。彼女たちは、登録したらもう安全、と思っている。
3、日本人将校の一団
福音書を求める日本人将校。佐々木元勝「野戦郵便旗」に記事はあるだろうか?
 午前中、日本人将校の一団が憲兵を伴って訪れた。彼らは、郵便業務に関係している、と言っていた。そのうちの二人がわたしの執務室を出ようとしたときに中国語の福音書を見つけ、持って行ってもよいか、と尋ねた。
4、日なたで暖
(中略)相当に寒いが、まだ晴天が続いている。大勢の人が建物の南側にたむろし、日なたで暖をとっている。
7、中国赤十字会による米飯給食
《粥場》が増えたということだろうか。
 きょうキャンパスで中国赤十字会が新しい方式による米飯給食を始めた。これまでは中庭の二ヵ所で給食がおこなわれていた。これからは教職員庭園の真北で、道路をはさんで反対側にある粥場で売られることになっている。
8、漢口についてのラジオニュースのメモ
 きょうは久びさにラジオニュースの切り抜きを受け取った。わたしたちが恐れていたことについて情報を伝えてくれるものだった。ここ数日、月明かりの夜に漢口が激しい空襲に見舞われている、というのだ。

 あのような人口密集都市ではひどいことになっていることだろう。漢口は、南京と同様、恐怖の都市に化したと伝えられる。神さま、不幸な人びとにどうか哀れみを。わたしたちが南京でこうむった一〇日間の恐怖の支配を彼らが味わわずにすみますように。
10、漢口が心配な男たち
 男の人たちは奥さんがたのことを案じている。とくにP・ミルズと L ・スマイスが。 ( 彼女たちは以前桂林にいたが、その後は漢口に移っている。 )

 安全区国際委員会の男性メンバーは、すばらしい働きをしている。彼らは自分たちの家は掠奪されるがままにまかせながらも、中国人の大集団を救済するため、もてる時間とエネルギーすべてを捧げている。ドイツ人ビジネスマンたちもとてもよくやっているし、チームワークが抜群だ。委員長のラーベは恐れを知らない。
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