八重桜(松月)z001さん撮影、クリックすると拡大します。

1937年
秋冬コレクション

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"Don't kill, don't be killed"
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2007-01-06 (占領25日目)

[ラーベの日記][国際委員会][所行無情] 米大使館員が戻ってきた

 
一月六日
ばんざい! アメリカ大使館のアリソン、エスピー、マクファディェンの三氏がアメリカの砲艦オアフ号で今日上海から到着した。すでに十二月三十一日に南京を目の前にしていたのだが上陸の許可が下りず、蕪湖で待機していたのだ。アリソン氏はかつて東京で勤務したことがあり、日本語ができる。
1月6日のラーベの日記は、
  1. 日本軍から米、小麦粉、そして石炭を買うことにした。(軍が略奪したものだが)
  2. 中国軍は南京を奪還したら無駄になるという韓に、そうはならないといいきかせる
  3. 日本軍のトラックがきて、うちの収容所から下関の発電所の作業員を十五人連れていったが
  4. 資産を自治委員会に引き渡してもらいたいというが冗談ではない。
午後五時、福田氏来訪。軍当局の決議によれば、我々の委員会を解散して、その資産を自治委員会に引き渡してもらいたいとのこと。自治委員会が今後われわれの仕事を引き継ぐことになっているからだという。資産を引き渡す? 冗談じゃない。私はただちに異議を申し立てた。

「仕事を譲ることに関しては異存はありませんが、これだけはいっておきます。治安がよくならないかぎり、難民は元の住まいには戻れませんよ。」
(中略)
5、どういう提案をするか会議
さっそく委員会の会議を開いて、福田氏にどう返事をしたものかと相談した。また、治安や秩序をとりもどすためにどういう提案をするかについても。日本から助言を得てはいるが、自治委員会はまるで無策だという気がする。どうやら狙いは我々の金だけらしい。つまり、「国民政府からもらったのだから、おれたちの物だ!」というわけだ。
結局、自治委員会に引き渡さず、戻ってくる大使館員の後押しを織り込んで、安全区国際委員会としての責任を果たそうという結論になったようだ。

[ヴォートリンの日記][所行無情] 女性の登録は中国人の手で

 
一月六日 木曜日
 きのう午後おそく中国人の登録計画がどうやら変更されたらしい。というのも、ひきつづき女性の登録は金陵女子文理学院で、男性の登録は金陵大学でおこなうという通知を受け取ったからだ。しかし、今度は軍ではなく行政職員の指揮でおこなわれることになった。

 八時にはふたたび女性たちが押し寄せてきた。今回は訓示はなかったが、彼女たちは一二列ほどの縦隊に並ばされた。各列の先頭付近にはテーブルが二脚置かれ、最初のテーブルで許可証を、二番目のテーブルで登録カードを受け取るようになっていた。
登録は、すべて中国人によっておこなわれたため、大層はかどった。
 日本の新聞記者数人がその場にいて写真を撮っていた。にっこり笑って嬉しそうな顔をするよう注文をつけられると、女性たちは努めてそうしようとしていた。
考えただけで病気になった人がいるほど面倒なことが、簡単におわった。

その他、
  • 田中氏から米外交官3人の到着をきく
  • 晩餐会用に卵を10個プレゼントする
  • 岡中佐とルイスが手紙を持ってきてくれた。ルイスは、あす正午までにアメリカ大使館に手紙を持って行けば、午後には船で上海に届けてもらえることも教えてくれた。
  • 避難民の警護方法を変更することには気が進まなかった。困ったことに、警備兵と一般兵士とを見分けることができない
  • 自治委員会の責任者陶宝晋からの電話
 新しい〔南京市政府〕自治委員会の責任者陶宝晋からけさ電話があった。彼は六二歳〔実際は七〇歳〕で、彼の最後の公職在任時期は、斉燮元の配下にあったころ(一九二四年ごろ)である。

 比較的に年齢の高い避難民は徐々に帰宅しているが、若い人たちは大部分がいまなおキャンパスにとどまっている。賢明な選択だと思う。帰るべき家のない人たちのことを思うと胸が痛む。そのような人たちが大勢いる。
陶宝晋=陶錫山
世界紅卍字会
「1937年の日本軍による南京占領の際には、日本の法政大学に留学した経験のある南京分会会長・陶錫三(陶宝普、陶錫山)が南京自治会長に任命された。ただし、病気を理由に執務はしなかった。」
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