八重桜(松月)z001さん撮影、クリックすると拡大します。

1937年
秋冬コレクション

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"Don't kill, don't be killed"
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2006-12-15 (占領3日目)

[ラーベの日記][国際委員会][所行無情][誤訳] 責任ある交渉員は誰か?

占領3日目、さまざまな日本軍人がラーベに面会して名乗る。しかし、だれがRepresentativeなのかさっぱり分からない。
十二月十五日
朝の十時、関口大尉来訪。大尉に日本軍最高司令官にあてた手紙の写しを渡す。
関口鉱造少尉:原文では「関口大尉」。実際には砲艦勢多次席(副艦長)大尉。艦長に上級司令官への報告のため城内偵察を命じられた、と後年の手記でいっている。
十一時には日本大使館官員の福田氏。作業計画についての詳しい話し合い。電気、水道、電話をなるべくはやく復旧させることは、双方にとってプラスだ。これらの三つの施設の機能については、韓氏も私もよく知っているので、復旧させるための技術者と労働者を得ることができるのは疑いない渡辺さんによる誤訳訂正)。交通銀行におかれた日本軍司令部で、もう一度福田氏と会う。この人は司令官を訪ねる際に、通訳として大いに役に立つだろう。
つづいて、外交官の福田篤泰氏。英文では "Mr. Fukuda, attache of the Japanese embassy" 。福田氏は戦後国会議員自民党の国会議員となった人物だが、「通訳として大いに役に立つだろう。」というラーベの第一印象、人物評はおもしろい。
  • 交通銀行:英訳では、"the Bank of Communication" 中国語の「交通」の意味は日本語とは違うようだ。福田氏は交通銀行ではなく「中国銀行」だと言ってるそうだが、それはうろ覚えに過ぎない。議事録という文書をラーベはしっかりと保存していたが、福田氏(外務省)はそれを紛失せしめた。
  • 左「南京市街図1937・9・1」によれば交通銀行(40)と中国銀行(44)は近傍、白下路か。
※)後世における福田篤泰氏の「証言」については、ゆうさんが「小さな資料集」で資料批判しています。今ではなく、のちのちじっくり読むといいでしょう。いずれにしても、日本側は領事館文書を消却処分してしまったのです。そのうえで南京事件否定派は、後世の福田氏のうろ覚え証言に基づいて、ラーベ達の国際委員会の活動記録を「そんなことはなかった筈だ」と批判しているのです。

武装解除した元兵士の助命!焦眉の課題!
昨日、十二月十四日、司令官と連絡がとれなかったので、武装解除した元兵士の問題をはっきりさせるため、福田氏に手紙を渡した。
南京安全区国際委員会はすでに武器を差し出した中国軍兵士の悲運を知り、大きな衝撃をうけております。本委員会は、この地区から中国軍を退去させるよう、当初から努力を重ねてきました。月曜日の午後、すなわち十二月十三日まで、この点に関してはかなりの成果を収めたものと考えております。ちょうどこの時、これら数百人の中国人兵士たちが、絶望的な状況の中で我々に助けを求めてきたのです。

我々はこれらの兵士たちにありのままを伝えました。我々は保護してはやれない。けれども、もし武器を投げ捨て、すべての抵抗を放棄するなら、日本からの寛大な処置を期待できるだろう、と。

捕虜に対する一般的な法規の範囲、ならびに人道的理由から、これらの元兵士に対して寛大なる処置を取っていただくよう、重ねてお願いします。捕虜は労働者として役に立つと思われます。できるだけはやくかれらを元の生活に戻してやれば、さぞ喜ぶことでありましょう。

敬具
ジョンラーベ、代表
この手紙と司令官にあてた十二月十四日の手紙に対する司令官からの返事は、次の議事録に記されている。
議事録
南京における日本軍特務機関長との話し合いについて(交通銀行にて)
一九三七年十二月十五日 正午

通訳:福田氏
出席者
ジョンラーベ氏:代表
スマイス博士:事務局長
シュペアリング氏
  1. 南京市においては中国軍兵士を徹底的に捜索する。
  2. 安全区の入り口には、日本軍の歩哨が立つ。
  3. 避難した住民はすみやかに家に戻ること。日本軍は安全区をも厳重に調査する予定である。
  4. 武装解除した中国人兵士を我々は人道的立場に立って扱うつもりである。その件はわが軍に一任するよう希望する。
  5. 中国警察による安全区の巡回を認める。ただし、完全に武装解除すること。警棒の携帯も認めない。
  6. 委員会によって安全区内に貯蔵された一万担の米は、難民のために使用してもよいが、われわれ日本軍にとっても必要である。したがって米を買う許可を求める(地区の外にある我々の備蓄米に関する回答は要領を得なかった)。
  7. 電話、電気、水道は復旧が必要である。今日の午後、ラーべ氏とともにこれらの設備の視察を行い、その後具体的な措置を取る。
  8. 明日より町を整備する予定であり、百人から二百人の作業員を必要とする。それにつき、委員会に援助を要請する。賃金は支払う。
司令官と福田氏に別れを告げようとしているところへ、日本軍特務部長の原田将軍がやってきた。ぜひ安全区を見たいというので、さっそく案内した。午後、いっしょに下関の発電所にいくことになった。
この日ラーベが折衝した人物
・関口鉱造海軍大尉(原文では関口大尉。所属・管掌ともにラーベには不明)
・福田篤泰日本大使館補
・司令官(氏名等不詳)
・特務部長の原田熊吉少将(原文では原田将軍)
司令官っていったい誰だ! 交通銀行は日本領事部と特務機関の共同事務所だったのか?
残念ながら、午後の約束は果たせなかった。日本軍が、武器を投げ捨てて逃げこんできた元中国兵を連行しようとしたからだ。この兵士たちは二度と武器を取ることはない。我々がそう請け合うと、ようやく解放された。ほっとして本部にもどると、恐ろしい知らせが待っていた。さっきの部隊が戻ってきて、今度は千三百人も捕まえたというのだ。スマイスとミルズと私の三人でなんとかして助けようとしたが聞き入れられなかった。およそ百人の武装した日本兵に取り囲まれ、とうとう連れていかれてしまった。射殺されるにちがいない。

スマイスと私はもう一度福田氏に会い、命乞いをした。氏はできるだけのことをしようといってはくれたが、望みは薄い。私は、もしかれらを処刑してしまったら、中国人がおびえ、作業員を集めるのは困難になるといっておいた。福田氏はうなずき、明日になれば事態は変わるかもしれないと言って慰めた。この惨めな気持ちはたえられない。人々が獣のように追い立てられていくのを見るのは身を切られるようにつらい。だが、中国軍のほうも、済南で日本人捕虜を二千人射殺したという話だ。
「日本人捕虜を二千人射殺したという話だ。」これは、福田篤泰氏の話か?
日本海軍から聞いたのだが、アメリカ大使館員を避難させる途中、アメリカの砲艦パナイが日本軍の間違いから爆撃され、沈没したそうだ。死者二人。イタリア人新聞記者のサンドリと梅平号の船長カールソンのふたりだ。アメリカ大使館のパクストン氏は肩と膝に傷をおった。スクワイヤーズも肩をやられた。ガシーは足、アンドリューズ少尉は重傷で、ヒューズ海軍少佐も足を折ったらしい。
『日本海軍』がラーベの傍に存在した。関口氏ではない人間も。海軍陸戦隊には上海と同じように南京の治安配備に付く意図があり、ラーベと接触していたとしても不思議はない。

実際、マギーのフィルムには、ビル屋上に配置されたセーラー服の陸戦隊員が映っている。

ビデオ『マギー牧師の証言』より mg-030.jpg
そうこうするうちに、われわれのなかからもけが人が出た。クレーガーが両手をやけどしたのだ。ガソリンの缶のすぐそばで火を使ったりするからだ。いくらもうほとんど入っていないからといって、うかつすぎる。彼は私からたっぷり油を絞られた。経営しているホテル(福昌飯店)が日本軍にめちゃめちゃにされたといってヘンペル氏がかけこんできた。カフェ・キースリングも、あらかたやられたらしい。

[ラーベの日記][国際委員会][所行無情] スミス記者の講演

日本語版ラーベの日記「南京の真実」12月15日の項には、「ロイター通信スミス記者の講演」が挿入されています。これは、ドイツ語版編者のヴィッケルトが、日本軍の城内侵攻の様子をおさらいするために、漢口での講演を要約して挿入したものです。

なお、(日本語版p116)「十二月十三日の夜になると、中国兵や民間人が略奪を始めました。」は誤訳です。正しくは、「 十二月十二日から十三日にかけての夜・・・」です。

ここでは、要約ではない講演記録全文の日本語訳をリンクし紹介しておきます。
ゆうさん『小さな資料集』よりスミス記者の講演

[ヴォートリンの日記][所行無情][戦況と民衆] ヴォートリンの日記12月15日

日本軍人たちとの折衝に忙しく街に出なかったラーベに代って、ヴォートリンは生々しい現実を記録している。
一ニ月一五日 水曜日

 たしか、きょうは一二月一五日、水曜日だと思う。一週間をつうじた規則的なリズムがないので、何日であるかを覚えているのは容易でない。

 昼食の時間を除いて朝八時三〇分から夕方六時まで、続々と避難民が入ってくる間ずっと校門に立っていた。多くの女性は怯えた表情をしていた。城内では昨夜は恐ろしい一夜で、大勢の若い女性が日本兵に連れ去られた。けさソーン氏がやってきて、漢西門地区の状況について話してくれた。

 それからというもの、女性や子どもには制限なくキャンパスに入ることを許している。ただし、若い人たちを収容する余地を残しておくため、比較的に年齢の高い女性にたいしては、できれば自宅にいるようつねづねお願いしている。多くの人は、芝生に腰をおろすだけの場所があればよいから、と懇願した。今夜はきっと三〇〇〇人以上の人がいると思う。

 いくつかの日本兵グループがやってきたが、何も問題を起こさなかったし、中に入れてくれと強要する者もいなかった。今夜はサールとリッグズ氏が南山公寓に泊まり、ルイスは、フランシス陳といっしょに門衛室で寝ることになっている。わたしは下の実験学校にいることにする。二人の警官に平服でパトロールをしてもらい、また、夜警員には、夜通し寝ないで巡回してもらっている。

 七時に男女避難民の一団を金陵大学に連れて行った。ここでは男性は受け入れていない。ただし、中央棟の教職員食堂には年寄りの男性を詰め込んでいる。前記グループのある女性は、四人家族のなかでひとり生き残ったことを話してくれた。

   きのうときょう日本軍は広い範囲にわたって掠奪をおこない、学校を焼き払い、市民を殺害し、女性を強姦している。

 武装解除された一〇〇〇人の中国兵について、国際委員会はその助命を要望したが、にもかかわらず、彼らは連れ去られ、たぶん、いまごろはすでに射殺されているか、銃剣で刺殺されているだろう。

 南山公寓では日本兵が貯蔵室の羽目板を壊し、古くなったフルーツジュース、その他少々を持ち去った。 ( まさしく門戸開放政策だ!)

 ラーベ氏とルイスが司令官と接触している。この司令官は到着したばかりだが、印象はそれほど悪くない。彼らは、たぶんあすには事態が改善されると考えている。

 きょう四人の記者が日本の駆逐艦〔アメリカ砲艦の誤り〕で上海へ発った。外界からの情報はまったくないし、こちらからも情報を送ることができない。あいかわらず銃声がときおり聞こえる。

[程瑞芳日記][所行無情][戦況と民衆] 程瑞芳日記12月15日

熊猫さんのmixi日記より
 昨晩ヴォートリンと私は兵隊が来るのが恐ろしくて寝たのは12時だったが、幸いにも来なかった。今朝はやって来る難民が多く、ヴォートリンはたぶん表門の入り口で世話をして、やって来た兵隊を遮る、兵隊は表門の入り口の告示を見ると行ってしまった。安全区内の全ての家に行き、お金と食べ物と姑娘をあさり、しかも姑娘を残して彼らを追い払うので、この人たちは皆ここへ逃げ、人民もあえて商売をしない。

 今日は入って来た兵士が出て行くのを見たら、兵士は南山の家に行き、門を打ち破り、西洋人が置いた物を食べ、家屋の中はトマトと別の小さい物があって、ちょうどよい具合にMr.Riggsが来たので、彼を呼んで彼らに追いつき、彼らを追い払った。ここにあった物だけでなく、国際委員会の酒と煙草さえ持ち去った。

 国際委員会は今度はメンツを失った。以前は彼らは我軍の略奪を心配し、会議をした時は、日本軍がとても良いと言ったが、今は間違いだと判断している、安全区でさえ全て承認していない。日本軍のひどさを知り、彼らも少し恐れている。

 日本兵も安全区内に住んで、少人数の日本兵も入って来て、多くの突撃隊が入って来て、全てが騒ぎ、これはどこの一国の兵か?皆このようだ!南門より入って来た兵は少なく、今は難民の袖には日の丸がある。

 一日に何度か兵士が入って来るから、西洋人のヴォートリンさんは、本当に忙しく手が回らない。あれらの男の西洋人は外で忙しいので、彼女は彼らに手伝いに来てもらうことを承知しない。

【西人】西洋人と訳した。程瑞芳は西洋人のことを西人と記述している。
【Mr.Riggs】ヴォートリンは華小姐と漢字で記述しているが、リッグスは英語で記述している。
【南山】金陵女子文理学院と広州路の間に小高い丘があり、その場所を南山と呼んでいたのではないかと思います。おそらくは金陵女子文理学院内部の呼称ではないかと思います。
【日本兵も安全区内に住んで】歩兵第七連隊のことでしょう。
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ラーベ『南京の真実』の誤訳



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