
正月3日のラーベの日記は、市内の状況、放火と停電。憲兵に対する期待と不安を述べている。
一月四日そのうち火の手がのびてくるのではないかという不安は、何も今日の日記だけではない。12月22日と23日の日記にも繰り返し書かれている。中国側の警察も消防も機能しない中で、日本軍は組織的に放火を防止する措置を、なぜとらないのだろうか?
あいにく、わが家は安全区のはじにある。そのうち、火の手がのびてくるのではないかと不安でたまらない。きのう、またしても近所で三軒放火された。いまこうしているうちにも、南の方で新たに煙がたちのぼっている。それはそうと、市内はあい変わらず闇に包まれている。下関の発電機は無事なはずなのに。幾度も日本側に抗議しているが、さっぱりだ。
取り締まりのため憲兵がおかれてからは、治安は全体的にはたしかによくなったといえるだろう。けれども憲兵のなかにもいかがわしい連中がいる。そいつらは見て見ぬ振りをするだけではない。いっしょになって悪事を働くことさえあるのだ。南京に17名しかいないといわれていた憲兵も、ようやく増員されたのか。それは何時から、どのようにか?(要調査)。
この頃になると、憲兵は大幅に増員され、1月初めには定員400名の中支那方面軍憲兵隊(長、大木繁憲兵大佐)が編成され、監視網も強化された。とはいえ、憲兵増員が余りにも遅すぎる。
(秦郁彦「南京事件」p178)
陸軍省受領 陸支密受第六〇四一号これは、師団ごと部隊ごとそれぞれ勝手に全体の計画性なく入城して、統制が取れなくなってしまった南京の事例を反省した結果下された命令です。(丁集団は第十軍を表わす符牒。)
丁集参一第一四五号
杭州占領ニ伴フ秩序維持及配宿等ニ関スル件
十二月二十日 丁集団参謀長
杭州攻略ニ関シテハ特ニ左記諸件ヲ十分諸隊ニ徹底励行セシメラレ度依命通牒ス 左記
一、掠奪、婦女暴行、放火等ノ厳禁ニ関シテハ縷次訓示セラレタル所ナルモ本次南京攻略ノ実績ニ徴スルニ婦女暴行ノミニテモ百余件ニ上ル忌ムヘキ事態ヲ発生セルヲ以テ重複ヲモ顧ミス注意スル所アラントス
- 杭州及莫干山付近ニハ外人ノ権益又ハ別荘等相当ナル数ニ上ルヲ以テ作戦行動上万已ムヲ得サル場合、外厳ニ之ヲ犯ササルコト
又諸隊ニ於テ戦闘ノ必要上其ノ権益ヲ犯シタルトキハ努メテ現地解決ノ手段ヲ講スルト共ニ機ヲ失セス集団司令部及最寄憲兵ニ報告及通帳スルコト- 杭州ノ攻略ニ方リテハ城壁占領後直ニ主力ヲ市街ニ投入スルコトナク各一部ヲ以ッテ市内ノ掃蕩ヲ実施シ概ネ秩序ヲ恢復シタル後宿営警備地域ニ進入スルコト
- 第十八、第百一師団ヨリ歩兵各一中隊ヲ速ニ日本領事館附近ニ出シ集団憲兵隊長上砂中佐ノ指揮ニ入リテ補助憲兵タラシムルヲ以テ之ト密ニ連絡スルコト
本件ニ関シテハ別命ス- 市街ノ諸設備ハ占領後ノ駐屯ニ必要ナルヲ以ッテ無用ノ破壊ヲ戒ムルハ固ヨリ失火等ニ拠ル火災ヲ発見シタル時ニハ速ニ鎮火ノ手段ヲ講スルコト
- 杭州市街ノ作戦地域ハ各部隊ニ於テ特ニ之ヲ厳守シ自戒互譲ノ精神ヲ以テ事ヲ処理スル如ク部隊ヲ指導セラレ度
二、杭州市内ノ占領後ニ於テル配宿ノ細部ハ追ッテ定ムルモ之ヲ概定スルコト左ノ如シ但シ第十八師団ヨリ歩兵各一大隊ヲ集団司令部附近及粛山ニ出サシムル予定ナルモ細部ハ後命ス
- 集団司令部 岳坂及中山公園附近
- 第十八師団(配属部隊ヲ含ム) 作戦地境(含マス)以南ノ杭州市街
- 第百一師団(配属部隊ヲ含ム) 同
- 軍直属部隊 南星車站(杭州市南端附近)ヨリ江干附近ニ亘ル地域
- 第一後備歩兵団 拱震橋及湖墅鎮附近
(アジア歴史資料センター:レファレンスコード:C04122536200)
一月四日 火曜日1月4日ヴォートリンの日記は、
晴天の暖かい日が続いているところをみると、天にまします神は、きっと弱者に手心を加えてくださっているのだろう。
登録が終わりしだい、避難民は、安全であるという保証のもとに、自宅に帰るよう強く促されるだろう。かわいそうに、帰る家のない人が大勢いるし、たとえ幸運なことに家があっても、これまで何度となく掠奪をこうむっているというのに。
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