
一月二日 日曜日1月2日のヴォートリンの日記は
小春日和。家を消失したり、夜具を盗まれた人たちにとっては何よりの恵みだ。
一〇時、李さんといっしょに鼓楼教会へ行った。それは、じつにすばらしい礼拝だった。話をしたのは、かつて南門で日曜学校活動に携わったことがあるが、その後は宗教活動からまったく離れて実業に就いた人だ。たいへん利己的な人だったが、苦難を経て深い宗教的な知恵を学んだことが、彼の説教から察せられた。礼拝には八〇人は参集していたにちがいない。宗教は、日々の生活のなかで多くの人びとを勇気づける活力となっている。ジェイムズ・マッカラムの話では、先週もすばらしい礼拝がおこなわれたそうだ。教会には赤い色の飾りが取り付けられ、いかにも正月らしい雰囲気だった
1月2日のラーベの日記。昨日は、女を出せと騒いだだけだったが、今日はついに、“押し入り”初めとなってしまった。こんな記録を読まねばならないとは極めて残念なことである。
一月二日銃剣でのどを突かれた近所の奥さんが
本部の隣の家に日本兵が何人も押し入り、女の人たちが塀を越えてわれわれのところへ逃げてきた。クレーガーは、防空壕の上からひらりと塀をとび越えた。塀はひじょうに高いのだが、警官がひとり手伝ってくれたので、私もあとを追おうとした。ところが二人ともバランスを崩して落ちてしまった。さいわいかなり太い竹の上だったので、竹が折れただけで、けがをせずにすんだ。その間にクレーガーは兵たちをとっっかまえた。やつらはあわてふためいて逃げていった。ただちょっと様子を見にきただけだというのだ!
十日前、銃剣でのどを突かれた近所の奥さんを鼓楼病院に運んだが、今日ようやく退院が許された。入院費は一日当たり八十セント。お金がないというので、私がかわりに払った。昨日1月1日の、自治委員会の集会について。英文と対比してみる。
(日本語訳)日本軍の略奪につぐ略奪で、中国人は貧乏のどん底だ。自治委員会の集会がきのう、鼓楼病院で開かれた。演説者が協力ということばを口にしているそばから、病院の左右両側で家が数軒焼けた。軍の放火だ。
(英語訳)The common people have been plundered and poorer than ever. Yesterday, while the orators of the new Autonomous Government were speaking of cooperation, several buildings torched by the Japanese were burning to the right and left of Kulou Hospital where the ceremony took place.
(その逐語訳)通常の人びとは略奪を受けて前よりもずっと貧しくなってしまった。昨日、自治委員会の弁士が「協力」についてスピーチしているそのとき、日本兵に放火された建物が、式典の行なわれた鼓楼病院の左右で炎上していた。
自治委員会の代表でありかつ紅卍字会のメンバー、孫氏がもつたいぶつて私にいつた。「ある重要な件につき、近いうちにお話ししたいのですが」どうぞどうぞ! とっくに心づもりはできている。お宅たちがなにを狙ってるのかなんざ、お見通しだよ!ラーベの日記はその後、
我々がひそかにおそれていたことがついに起こった。中国の爆撃機がやってきたのだ。といったからといって、けっして「友人」としてではない。「敵」としてだ! かつての日本軍のように、時間どおりに爆弾を落としていく。だが、いままでのところ、幸いなことにたいていは同じ場所、つまり南の飛行場かその近くに限られている。日本の対空砲火もその存在を示したが、僅かで弱かった。※(日本語訳本)「日本の防空部隊が姿を現したが、人数も少なく、いとも手薄だった。」
(中略)いまの安全区の混み具合ときたら、日中は上海よりすごい。そんなところに一発爆弾が落ちたが最後、ものすごい数の人命が失われるのだ。そう思っただけでぞっとする。
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