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1997-12-05 ゆがめられたラーべの人物像

[ラーベの日記][誤訳] ゆがめられたラーべの人物像 2006/12/1掲載

日本語版ラーベの日記『南京の真実』(講談社、平野卿子訳)については、WEB上でもさまざま誤訳が指摘されたりしており、日本語訳は事実認定上さまざまな問題があること、さらには原編纂者であるErwin Wickert や原著者であるJohn Rabeの意図からの逸脱もみられる、と指摘されています。

そのような論考の代表として、週刊金曜日 1997.12.5 南京大虐殺60周年特集によせた、梶村太一郎さんのものがあります。

私は「問答有用」において、この件についての質問を梶村さんにいたしましたが、このたび梶村さんは、私とクマさんに双方に対して、それぞれのサイトへの転載について快諾してくれました。(週間金曜日編集部の承認も得て)

週刊金曜日 1997.12.5
南京大虐殺60周年特集 p26-27

ゆがめられたラーべの人物像

『南京の真実』は「真実のラーべ」を伝えない


梶村太一郎

日本は今世紀前半は富国強兵の軍国主義で破綻した。後半は富国強商の金国主義で再び破綻の手前にある。自浄能力を信じたいが、いかにもおぼつかない。世界と日本のリアリティーのズレが拡大し、極端になっている。たとえば、ナチ・ドイツのガス室否定論者が論敵を「名誉致損」で告訴し、そのうえ裁判官が告訴内容の大前提たるガス室の有無を「判断しない」と公言する。司法が歴史に平然と目を閉ざすのだ。世界の常識からすれば奇怪な倒錯状態にある。日本には最近、こんな恥さらし現象が多すぎはしないか。

ラーべは「南京のシンドラー」ではない

今年の南京大虐殺六〇周年にあたって、ドイツで『ジョン・ラーべの日記』が出版された。ラーべはおよそ二〇万人の市民を守った南京安全区国際委員会の委員長として、決定的な役割をはたした人物だ。彼が日本の同盟国ドイツの、しかもナチ党員であったことから、日記の資料価値は高い。これまでにも同委員会のアメリカ人メンバーの記録はかなり知られており、日本での優れた研究著作も多い(『南京難民区の百日』[笠原十九司著・岩波書店]など)。

この日記はこれまでに知られた史実を裏づける貴重な史料である。残された膨大な日記を、元中国大使で作家のエルヴィン・ヴィッケルトが編纂し、多くの関連資料を加え、解説をほどこした労作である。彼の愛読者の私は、あらためて八二歳の編者の視野の広さに驚かされた。私が彼と意見を異にする点もある。だが豊かな体験に学ぶことは実に多い。この本は若い読者にも配慮がゆきとどいた編集となっており、南京研究に欠かせぬ貴重な基本文献となっている。

その日本版が『南京の真実』として講談社より翻訳出版された。だが、手にして愕然とした。原書とは似ても似つかぬ通俗な“歴史読物”になってしまっているのだ。

まず表紙に「ヴィッケルト編」とあるが、ついている帯に、すでに原書との大きな違いがある。そこには「『南京のシンドラー』とよばれ・・・・」との宣伝文句がある。しかし、日記発見の際の『ニューヨークタイムズ』の記事を批判して「ラーべは『南京のシンドラー』ではない」とはっきり書いているのはヴィッケルトである。主人公の基本的な人物規定が、なぜか原書と正反対にされている。訳書を校閲・解説した横山宏章氏は

「『中国のシンドラー』と呼ばれるのも当然である」(『朝日新聞』一〇月八日)と書き、訳書の解説でも繰り返している。だがこの訳書では「しかし、ジョン・ラーべはそれ(南京のシンドラー)ではなかった。=Doch das war John Rabe nicht.」(原書三四四ぺージ)とする断定否定文が削除され、抄訳の名目で主人公の人物像評価が巧みに隠されている(訳書二七六ぺージ)。ここで、ラーべは純粋に人道的動機から命がけで中国人を助けたが、どこまでが商業利益のためにユダヤ人を救ったのか不明なシンドラーとは違う、と編者が強調しているにもかかわらず、なぜ姑息な隠蔽で原書と異なる人物像を宜伝するのか。横山氏には読者に説明する義務があるだろう。もし映画で有名なシンドラーにあやかる商業主義によるのであれば、学者として恥ずかしくはないのだろうか?

ラーべは「反ユダヤ主義者」ではない

これだけではない。同じ講談社の『月刊現代』(一九九七年一一月号)は、「南京大虐殺『60年目の真実』」と題した記事で「ナチ党員であるラーべはユダヤ人を嫌悪し、・・・・次のような露骨な記述さえ残している。」として日記を引用している。

「この会社の運転手たちは、ドイツ人だといっているが、本当は失業中のユダヤ人だ。やつらは運転がまずいぶん、金儲けはうまいときてる。運賃は一人七十五ドル。とくに態度が悪かった運転手から、大使館はドイツのハーケンクロイツ旗をとりあげる考えだ。ユダヤ人にはこれを持ち歩く資格はない。」(訳書三八ぺージ)。

ここを私が訳すと次のようになる。

「この会社の表向きはドイツ人の運転手たちは、実は定職を失っているユダヤ人で、運転が下手なほど金儲けは上手だ。運賃は一人七十五ドル。大使館はこの不快な行ないをした運転手ひとりから、ユダヤ人には使用権がないドイツのハーケンクロイツ旗をとりあげてしまうつもりだ。(原注7)」(原書四一ぺージ)。

訳書では「運転手たち」に「やつら」という代名詞をあて、最後の複文を二つの単文に切っている点が私との違いだ。「使用権がないとして旗をとりあげる」のは大使館だけであって、ラーべの意志ではない。ここにある原注では、大使館の判断の背景に、なんとヒトラー直々の判断があったことが政府資料で詳しく解説されている。この原注は訳書では削除されており、ユダヤ人を排除する主語がヒトラー・大使館からラーべへとすり変わった解釈をうながす意訳文となっている。

さらに編者ヴィッケルトは「核心問題のひとつだが、ラーべは反ユダヤ主義をどう扱ったのだろうか?」と問うている(原書三六七ぺージ)。一九三六年に編者自身が南京のラーべ宅に居侯したとき、彼から反ユダヤ主義的な言葉を一切聞かなかった体験を語り、日記の記述について

「ラーべはこれ(運転手の金儲け)をはっきりと非難してはいないが、ある確かな不快感が聴き取れる。この点では彼はおそらく今日でも大勢のユダヤ人と同意見であろう」(同上)
と、『現代』とは正反対の客観的解釈をしているが、ここも削られている。

「間違ったヒトラー像を信じ込んだナチ党員だが、反ユダヤ主義者ではない」というのが、編者のラーべ像である。編者は「ナチ党員=反ユダヤ主義者」といったような「恐るべき簡略化」を重ねて警告しているが、この翻訳文がまさにその典型なのだ。かくして原書で問われた「核心問題」は隠され、ラーべは「露骨なユダヤ嫌悪者」にされている。

ラーべは日本軍びいきではない

このように講談社は原書の基本主張を読者に隠蔽し、手前勝手に「南京のシンドラー・反ユダヤ主義者のラーべ」という通俗な講談の主人公をつくりあげている。講談の主人公の口記だから、歴史資料の翻訳では絶対に許されない削除も加筆改竄(かいざん)も許されるようだ。

これが日記の初日第一行目から始まる。

「すべての裕福でより良い境遇にある中国人たちは、とうに船で揚子江を遡り、漢口へ避難しはじめていた」(原書二八ページ)が、「裕福な中国人たちはとうに船で漢ロヘ避難しはじめていた。」(訳書二三ぺージ)となる。ラーべはこの日、貧しく避難のあてのない中国人と使用人を思い遣って「彼らは大量に虐殺される危険に瀕してはいないだろうか?」(原書三〇ぺージ)と、大量虐殺の危険を早くも予測した重要な記述をしている。これが「虐殺されはしないだろうか?」(訳書二五ぺージ)と簡略だ。「大量」の嫌いな石原慎太郎あたりが大喜びするだろう。続いて「私はついに肚を決めた。」と残留を決心したような文があるが、こちらは原文にはない加筆だ。

この手の加筆のきわめつきは、「(中国軍の高射砲弾が日本の爆撃機を)残念ながらいつも外れていた。いや、幸運にもいつもそれた、というべきか。」に加えて、ラーべをして「とにかく日本は同盟国なのだから。」(訳書九一ぺージ)との原文にない言葉をしゃべらせているところだ。ここまでくれば、テキストの立派な加筆改竄である。よほど主人公を日本軍びいきにしたいらしい。

また日記を補完して、原書に奥行きをもたらしているユダヤ系外交官ローゼンらの、実に先鋭な情勢分析のある報告書や外交資料一七点が完全に削除され、原書の重さは半滅している。

講談社が日本の読者に提供しているのは、社名だけには恥じないが、
意訳の上に削除・加筆までされ、原書とはまったく異なる性格の主人公が登場する通俗な歴史講談読物だ。これでは原書本来の史料としての価値は完全に失われ、知らずに論争に使えばきわめて有害である。予想される不毛な論争の予防と回避のために警告しておきたい。南京の史実までが金儲けで歪められるのはごめんである。あわれなのは日本の読者であり、著者ラーべだ。こんなことがまかり通る日本のありさまが、私には恥ずかしい。


かじむら たいちろう・ジャーナリスト。在ドイツ。市民交流団体「日独.平和フォーラム」ベルリン代表の一人。

ドイツ語原書[John Rabe, Der gute Deutshe von Nanking」(全444ぺ一ジ、DVA)

ドイツ語版の日本語訳「南京の真実」(全333ぺ一ジ、講談社)

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